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ボストンで13年働いた研究者が、アカデミック・キャリアパスで切磋琢磨する方法を発信することをめざします。

中国の文部科学省(the Ministry of Science and Technology, MOST)は研究者が「成果」でなく「失敗」を報告しても(*)将来的に研究費を得るチャンスが損なわれないようにする法律案を提出する。
.....A law proposed by the Ministry of Science and Technology (MOST) would allow Chinese scientists to report failures in their research without jeopardizing their chances of future funding.....             ―Nature (6, September 2007)


中国の科学研究費は世界で6番目に大きく、研究者数は米国に次いで世界2位であり、この数字だけみれば”科学大国”ですが、OECDによれば、中国が国家レベルでの成熟したイノベーション・システム (matured, national innovation system) を作り上げるには多くの障壁があるとしています。その障壁のひとつが研究者がリスクを取りたがらないことであるとしています。

この背景には短期間で確実に研究成果を出すことが研究費獲得、昇進など職業人としての生存に不可欠なファクターとして大きなプレッシャーとなっている現実があります。そして、この強力な成果主義が研究上の不正行為の温床になっていると指摘されています。この過度の成果主義の悪影響を緩和するための目玉として提案されているのがこの「失敗をよしとする」法案です。「失敗に学ぶ&リスクテイカーを育てる」というスローガンは悪くはないと思いますが、この法案が真にイノベーションを推し進める原動力となるかは少し疑問です。

本来、失敗から学ぶべきことは多く、よく吟味された仮説が合理的な手続き(実験)の結果、棄却 (negative results) されれば、それは科学的な進歩と見なされるはずです。ただ、negative resultsはサイエンス・コニュミティーでは評価されがたいので、そのような貴重なデータを他人と共有することは難しいのが通常です。しかし最近の動きとしてはJournal of Negative Results in Biomedicine (JNRBM) のように貴重なnegative resultsの共有を促す仕組み(ジャーナル)も出現してきています。

JNRBMは、いかにアプローチが不適切であったかを例証する研究成果(とくに臨床治験 [clinical trials])の投稿をお待ちしています。(JNRBM invites scientists and physicians to submit work that illustrates how commonly used methods and techniques are unsuitable for studying a particular phenomenon. ...strongly promotes and invites the publication of clinical trials...)



確かに合理的な手続きの結果えられた「失敗=Negative Results」は、実は失敗ではなく、コニュミティーで共有すべき貴重な「成果」なのであり、「ちゃんとした失敗をする能力」を育成することは成功する研究者を育てる重要な因子なのです。ともすれば忘れがちですが「(適切な)失敗は成功の元」は真であると思います。

しかし、Negative Resultsを研究費配分や昇進のための評価材料とする時に問題となるのは:
1)「ちゃんとした失敗」と「ちゃんとしていない失敗」を適切に評価し助言できる評価する側の力量と、
2)「ハイインパクトのちゃんとした失敗」を「ローインパクトの成功」よりも高く評価でする評価する側の勇気
ではないでしょうか。この法案がポジティブなインパクトをもたらすか否かは、やはり公平でオープンで(プラス優秀な新人[必ずしも年齢の若いひととは限らない(**)]を発掘できる)評価制度の有無にかかっているのだと思います。


PS: (*)「成果でなく失敗を報告してもよい」ではなく「ネガティブ・データを成果として報告してもよい」のほうが適切かもしれません。
(**) 年齢やキャリアにかかわらず、全く新しいことに挑戦するひと


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テーマ:研究者の生活 - ジャンル:学問・文化・芸術


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Motomu Shimaoka

Author:Motomu Shimaoka
島岡 要:三重大学医学部・分子病態学講座教授 10年余り麻酔科医として大学病院などに勤務後, ボストンへ研究留学し、ハーバード大学医学部・准教授としてラボ運営に奮闘する. 2011年に帰国、大阪府立成人病センター麻酔科・副部長をつとめ、臨床麻酔のできる基礎医学研究者を自称する. 専門は免疫学・細胞接着. また研究者のキャリアやスキルに関する著書に「プロフェッショナル根性・研究者の仕事術」「ハーバードでも通用した研究者の英語術」(羊土社)がある. (Photo: Liza Green@Harvard Focus)

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