ボストンで13年働いた研究者が、アカデミック・キャリアパスで切磋琢磨する方法を発信することをめざします。
オハイオで大学院生として過ごす日々を綴る」のichishojiさんが、梅田さんのブログと、関連した私のブログを読んだことに端を発して、オハイオで留学することになった経緯を振り返って:

...でも、実際に当時の自分を動かしていたのは「思い込み」だった。これまで、この「思い込み」がかなり重要な役割を果たしてきた。....「時代の力」「周囲の人の力」「自分の能力」「思い込み(感情)の力」それらが合わさったものが「自分の力」になる。


と「思い込む力」が自分のキャリアや人生の方向性を決める上での重要性を指摘されています。これには私も同意します。そして、一つ付け加えるならば、周りのひとが「思い込んでくれる力」、少し言い換えれば「(いい方に)誤解してもらえる力」が実に重要じゃないのかと感じています。

人生には時々「いい方に誤解してもらえる」ことがあります。過大評価(自分が考えているベクトルと同じ方向で、その幅が正の方向に大きい)の時もありますが、予想外の好評価(自分が考えているベクトルとは違う方向にポジティブに)というのが、新しい自分の方向性を決める上で重要なことがあります。

人に誤解してもらって、やっと自分の強みとはこれだったんだとわかってきた経験が自分にもあります。また、みうらじゅん氏も「みうらじゅん対談集 正論」に関するインタビューで「(人が成長していくためには)誤解されてなんぼのもんでしょう。」というように答えていたと思います。

「時代の力」の強い場所には、人物評価について非常にシビアで保守的な人も多いのですが、オプティミスティックで精神的余裕がありいい方に誤解してくれる人も同時に沢山います。「時代の力」を非常にミクロな視点でみれば、その一つは「よく誤解されるチャンスの多さ」です。自分のあまり理由のない自信や思い込みに、周りからの誤解が加味されて、自分の実力以上のものが生み出されることがある。おだてられてついつい大きな挑戦をしてしまう。これがすべて成功するわけではありませんが、たとえ失敗しても「時代の力」の強い場所にはもう一度挑戦できるセカンドチャンスがある。

必要以上に偶然性や他力を強調しないように注意しなければなりませんが、”計画された偶然性”、”予定された他力”、”期待される誤解”の重要性を過小評価することもまた危険だと思います。
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梅田望夫さんの「自分の力と時代の力」講演録(JTPAシリコンバレー・カンファレンス2009年3月21日

(94、95年の頃は)時代の大きな波に押されて、たいした実力もないのに、元気の良さだけで、こっちで仕事を得ることができました.........

いまは「時代の力」が衰微していますから、こういう時ほど、自分に投資して「自分の力」を高める時なのです。



前半部分は基本的に大賛成です。昨年読んだ本で最も影響を受けたナシーム・ニコラス・タレブの「まぐれ(Fooled by Randomness)」で強調されているように、成功者の人生というのは、後づけで様々な成功の必然性を語ることはできますが、実際のところは大部分は「時代の力」による「運/まぐれ」なのです。タレブが言うように、現代のように高度に不確実な時代では、「時代の力」によるポジティブな偶然性を積極的に当てにするという姿勢が、成功のための最も重要な姿勢のひとつであると思います。

しかし後半部分の「今は時代の力が弱っているから、それを当てにせずに、もっと自分の力を高めよ」というメッセージは行間を読む必要があります。世界の時代の力の平均値がたとえ低下していても、現代は高度に不確実な時代という点では10年15年前と何ら変わりありません。むしろより不確実で予想不可能な時代になってきています(不確実性の増大にインターネットは大きく貢献しています)。ですから今後は、ますます「時代の力」によるポジティブな偶然性を積極的に当てにするという姿勢が大切になってくると思います。全体に時代の力の平均値が低下していても、局所的には時代の力が強い場所があるはずです。以前はどこに行こうとも、時代の力の後押しを享受できた時期がありましたが、今は時代の力の強い場所を見つけて、そこに身を置くということが、単に自分の力を高めるということ以上に大切だと感じています。

実は梅田さんの講演には、こんなことはおり込み済みだと思います。

最後になりますが、もし皆さんが20代前半だったら、留学することをお勧めします.....アメリカで間違いなく良いのは、一流大学と研究機関なんですよ。アメリカの競争力のすべての源泉はそこにあると言ってもいい。だから、2年でもいい、できれば3年、5年留学することを、皆さんの非常に重要な選択肢として考えてほしい、この時代だからこそ、ということを最後に申し上げて、おしまいにしようと思います。



この部分を「時代の力の強い場所を見つけて、そこに身を置くべし」という意味に私は解釈しました。





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ニューヨークタイムズではTalk to the Newsroomという各セクションのエディターに読者が質問できるコーナーがあります。サイエンスセクションのエディターLaura Changに対する質問で「サイエンスレポーターの職業につくにはどんな教育やトレーニングが必要ですか」というものがありました。

Laura Changによると、現在のニューヨークタイムズのサイエンスセクションのスタッフにはおおむね大学でサイエンスの教育を受けた者が多く、Ph.D.を持っているひともいます。そして、フォーマルなサイエンスの教育を大学で受けていることは、知識の点や、現場の科学者の心情を理解する上で役立つことも多く、また応募者の履歴書を見る際に、サイエンスのバックグラウンドを持っている応募者に若干多く注意を払う可能性があります。


NYT03202009Aしかし、サイエンスのバックグラウンドを持たない有能なサイエンスレポーターもいます。その一例がアポロ月着陸の記事”MEN WALK ON MOON”などで知られる現役の記者John Noble Wilfordです。Wilfordの2009年1月の最新の記事は「From Arctic Soil, Fossils of a Goliath That Ruled the Jurassic Seas 」。サイエンスのバックグラウンドを持たない記者の強みは常に一般の人(laymen)の視点を忘れないことでしょうか。


Laura Changは続けます:

サイエンスジャーナリズムで重要なのは、あなたが何を知っているか(what you know)ではなく、サイエンティストらが知り得たことをあなたがどれだけ理解し(how you learn what other people know )いかにそれを人に伝えるかである(how you convey that knowledge to other people)



また、John Wilfordはこう言います:

どんなに広くサイエンスを大学で学んでいても、実際のジャーナリズムの現場で出会う出来事はあなたの専門領域とはかけはなれたものであるはず。サイエンスジャーナリズムの現場で必要な科学に関する基礎知識すべてを大学で網羅することなどできない.....
No matter how broadly you are educated in college, in the real journalistic world, something you cover will be out of your field. You cannot be exposed to all the things you need. In 10 years you'll be learning things your professors didn't know."



そして、サイエンスジャーナリズムに必要な資質とは、

ー何にでも好奇心を持てる(curiosity about just about everything)
ー競争心がある(a competitive nature)
ー精神的/肉体的スタミナがある(mental and physical stamina)
そして、当たり前ですが、
ーシャーナリストとしての基本ができていて、高い倫理をもっている(a grounding in the basic practices and ethics of journalism, which are best learned through experience)



正論で普通すぎて参考にならないかも知れませんが、これが一般論として言える最大限のことなのかもしれません。また、バックグラウンドが何であれ、実際に現場での経験から学ぶべきことが重要なのでしょう。ただ、まずエントリーレベルのサイエンスジャーナリストとしての職に就くためには、大学でのサイエンスのバックグラウンドはプラスであることに間違いはないでしょう。


テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術

米国の雑誌は一般に広告のページ数が非常に多い。おそらく広告費が雑誌収入の大部分を占めるのでしょう。この不況下ほとんどの雑誌は広告のスポンサーを失いつつあります。ニューヨークタイムズの記事「Mostly Gloom for Glossies」によれば、Time Magazineは2005年から2008年の間に掲載広告数が24%減少、Business Weekも32%の減少です。またPC Magazineのようにオンラインだけになってしまった雑誌もあります。

しかし、少数ながら広告数をのばしている雑誌もあります:
-ELLE (+27%)
-The Economist (+15%)
-Martha Stewart Living (+43%)
-In Touch Weekly (+68%)
-TV Guide (+458%)

この統計データから、いくつかのもっともらしい社会学風の仮説(ストーリー)を考えることができるのではないでしょうか。


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坂本龍一の夢についての語りがおもしろい。「夢をかなえるために坂本さんは何をしましたか?」との質問に対して:

あのねぇ……、何もしてないな。大体、夢ないもん。.....というのも僕自身が夢なんか持ったことないし、何かゴールを設定して、そこに向かってがんばるという生き方をまったくしてこなかった。流れに任せてフラフラと、あまり責任のない身分がいいなぁと思ってどこにも所属せずに、だから就職したこともないし、学生身分の延長でやっていて、気が付いたらYMOに入っちゃって。
ミスチルを目指して終わるな──坂本龍一かく語りき



これを私なりに正しく理解すれば、徹底して”Opportunistic”であったということでしょう。行間をよむならば:

「夢がない。何かゴールを設定して、そこに向かってがんばるという生き方をしない。」とは「自分の世の中を認識する力の限界を知りる。自分の知らないこと、つまり自分で夢見ることすらできないことの中にこそ、真にインパクトの高いこと、将来的に自分自身を成長させるようなものがあるということを悟る」ということでしょう。

「流れに任せてフラフラ」とは「世の中の流れを読み取ることに常に敏感であり、よく勉強し、ネットワークを張り巡らせ、新しいのプロジェクトのネタを見つけては、常に自分の仕事の方向性をその時々に合わせて最善な修正していく」ということでしょう。

深読みしすぎでしょうか?......確かドラッカーもイノベーションとは最大限に”Opportunistic”であるところから生まれると言っていたと思います。



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TED Talkにアップロードされた次の2つのビデオクリップは、刺激的で新しい物の見方を教えてくれます。各10分で合計20分を費やす価値あり。

1本目は義足のイノベーションについてのストーリー。以前靴のコマーシャルで紹介したAimee Mullinsは幼い頃に両足の膝から下をなくした義足の陸上選手。卓越した身体能力とそのポジティブなキャラクターは、彼女を義足に対するイメージを大きく変えるアイコニックな存在にしています。「義足は、背の高さが自由に変えることができるから素敵よ」という台詞が印象的。





2本目は人の第6感にコンピューターがどこまで迫れるかというストーリー。MITメディアラボのPattie Maesが人の”第六感”をサポートするパーソナルデバイスを紹介しています。MIT的第六感とはこういう解釈なのかと、感心するでしょう。






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以前のエントリー「常に暫定的な答えがあると考えた方が生きやすい」で:

原則として「研究には正解とか不正解とかない(発声練習)」ので「正解でも不正解でもない状態を受入れつつ、自分の主張を述べる」のではなく、「自分の暫定的な答えを述べる」。検証や議論の末に、その「暫定的な答え」を変更/訂正するという作業を常に繰り返し、「暫定的な答え」は新しいバージョンへとアップされていく。


という「暫定的な答え=仮説(Hypothesis)」に基づく研究の進め方「Hypothesisーdriven approach」が現在の科学研究のフレームワークのひとつであると書きました。

この「暫定的な答えを変更/訂正し、バージョンアップする」やり方を、リクルート出身で元東京都杉並区立 和田中学校校長の藤原 和博さんは「納得解」と呼んでいます。「研究には正解とか不正解とかない」と書きましたが、正解/不正解というはっきりした答えがないのは研究の世界だけではありません。ビジネスでも、普段の人間関係でもそうですし、正解/不正解のはっきりしているのは現行の初等/中等教育ぐらいのものです。藤原氏によれば

学校の授業はほとんどが正解主義で行われますので、「この問題が出たらこういう正解だ」っていうパターン認識力をすごく発達させています。でも、そのパターン認識にはめて授業を聞いている以上は、実は頭は回転していないんです。


よってOECD(経済協力開発機構)のPISA型学力

知識や技能を、実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるという能力


をつけるために、まず自分が納得できる暫定的な解答をきめて、それを他人も納得できるように変更/訂正し、バージョンアップするという「納得解」にたどり着く習慣を学校で身につけるトレーニングをすることを藤原氏は提唱&実践していらっしゃいます。

ほぼ「暫定的な答え=仮説=納得解」であるとしても、言葉の問題は非常に重要で、仮説と呼ばずに納得解と呼んだところに「教育のイノベーション」の鍵があるように思います。納得解と呼んでしまえば、あくまでも「解」なのであり、「仮説」よりもずっとソリッドで自身に満ちた印象を受けます。科学者は得てして謙虚で控えめであり、「納得解」という語感に違和感を覚えるかもしれませんが、”人工的な”正解があるという脅迫観念にとらわれた状態から解放されるためには、「納得解」という”別の正解”は正解はないと教えるよりも、はるかにアクション指向で実践的だと思います。




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プロフィール

Motomu Shimaoka

Author:Motomu Shimaoka
島岡 要:三重大学医学部・分子病態学講座教授 10年余り麻酔科医として大学病院などに勤務後, ボストンへ研究留学し、ハーバード大学医学部・准教授としてラボ運営に奮闘する. 2011年に帰国、大阪府立成人病センター麻酔科・副部長をつとめ、臨床麻酔のできる基礎医学研究者を自称する. 専門は免疫学・細胞接着. また研究者のキャリアやスキルに関する著書に「プロフェッショナル根性・研究者の仕事術」「ハーバードでも通用した研究者の英語術」(羊土社)がある. (Photo: Liza Green@Harvard Focus)

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