ひとまえで話すことの恐怖(fear of public speaking)は統計上常に死の恐怖(fear of death)を上回っているそうです。fear of public speakingの為に非常に良い昇進の話を断る人もかなりいると聞きます。
我々の研究所ではNational Academyメンバーを含めた著名な研究者からなる外部委員会(Scientific Advisory Board Members)からのサイエンスのproductivityの評価を毎年受けています。今年はちょうどこの週末にオフシーズンのリゾートホテルに研究所全員(17のラボ)で出かけ、そこにボードメンバーを招き3日かけてじっくり評価を受けてきたところです。PIのトークとポスドクのポスター発表が中心で、基本的にはフレンドリーな雰囲気ですが、サイエンスの点ではボードメンバーは全く妥協がなく、彼らに向けてプレゼンテーションするときには緊張のあまりfear of public speakingで胃が痛くなり、(いつものことながら)逃げ出したい気持ちになりました。
それではfear of public speakingを緩和する特効薬や技術はあるのでしょうか。何冊か本を読んだり、セミナーに参加したりしましたが、最も参考になったのはマリナーズのイチローの言葉です。イチローは「大記録を目前にバッターボックスに入るときにいかにして上手にプレッシャーをマネッジするのか」という質問に対して、「そんな方法はない」ときっぱり答えました。正攻法で真っ正面から取り組み、終わるまでプレッシャーから解放されることはないのだと。これは「プレッシャーを楽しむ」いうようなきれいごとではないでしょう。とにかくプレッシャーに押しつぶされながらもやリ抜く以外に、本質的にプレッシャーから解放される方法はないのでしょう。
したがって、おそらくfear of public speakingのプレッシャーを上手く緩和する方法も当然ないのでしょう。とにかく、真正面から取り組んで、終わらせるしかないのでしょう。周到なプレゼンテーションの準備は必要ですし、私はとくに英語での発表は過剰な程周到に準備する方ですが、いくら準備してもfear of public speakingがなくなったことは一度もありません。
The Laws of Simplicity (Simplicity: Design, Technology, Business, Life)の著者で、MITメディア・ラボの教授でもあるJohn Maeda氏の”Simplicityに到達するための10の法則”を、彼のTEDでのトークをきっかけに知りました(下にトークのYoutubeあり)。
Simplicity is about having life with more enjoyment and less pain.
であり、”Simplicityに到達するための10の法則”とは:
1. REDUCE ーThe simplest way to achieve simplicity is through thoughtful reduction 2. ORGANIZE ー Organization makes a system of many appear fewer. 3. TIME ー Savings in time feel like simplicity 4. LEARN ー Knowledge makes everything simpler. 5. DIFFERENCES ー Simplicity and complexity need each other. 6. CONTEXT ー What lies in the periphery of simplicity is definitely not peripheral. 7. EMOTION ー More emotions are better than less. 8. TRUST ー In simplicity we trust. 9. FAILURE ー Some things can never be made simple. 10. THE ONE ー Simplicity is about subtracting the obvious, and adding the meaningful.
5番の「DIFFERENCES ー Simplicity and complexity need each other」ではSimplicityとComplexityは常に共存し、Simplicity達成のためにComplexityをなくしてしまうことはできない。必要なのは”状態としてのSimplicity”ではなく"Feeling of Simplicity (in the presence of complexiety somewhere)"であり、本当にComplexityを本当に消し去ろう(文明や高等生物の否定)と考えるべきではないということでしょう。
6番の「CONTEXT ー What lies in the periphery of simplicity is definitely not peripheral」に関連してはMITメディアラボの所長NegroponteがJohn Maedaに言った言葉”become a light bulb instead of a laser beam(レーザービームより電球になれ)”に込められているように、自分の軸は定めつつも、焦点外の無数の事象にこそ本質が宿ることを忘れてはならないということでしょう。
7番のEMOTIONーMore emotions are better than lessとは、一見Simplicityの概念と対立するようにみえますが、"Feeling of Simplicity"のコアにあるものは"Sense of Meaning"であり、多くのemotionが"Sense of Meaning"として結晶化するとき"Feeling of Simplicity"を感じると考えられます。
8番のTRUST ー In simplicity we trustとは寿司を食べるときに、店は自分で選ぶが、何を食べるかはその店の大将に”おまかせ”するというスタイル...
9番のFAILURE ー Some things can never be made simple:例外のない法則なし...
以上をまとめると10番のTHE ONE ー Simplicity is about subtracting the obvious, and adding the meaningfulということになります。
おそらく、これらは西洋人が一般に理解する禅の思想に近いのではないでしょうか。
また、かなり飛躍しますが、『Simplicity is about subtracting the obvious, and adding the meaningful」とはサイエンスでのストーリーテリングに相通ずるものがあります。(参考:”サイエンス・コミュニケーションとは国家の将来をかけた戦いであり、その肝はTechnical detailsを抑え、ストーリーを語ることである” [サイエンス・コミュニケーションとは戦いである:サイエンス誌2007年4月号])。また柳田充弘氏が「論文のお話し性」で指摘されているようにストーリーテリングは一流科学雑誌に論文を投稿する際の重要なストラテジーですので、The Laws of Simplicityから学ぶべきことは多いにあると思います。
時間のある方は『Talks John Maeda: Simplicity patterns」をご覧ください。
米国の医学研究(Biomedical Research)は、ご存じのように政府(NIH, National Institutes of Health)からの科学研究費(グラント)に大きく依存しています。米国では主として大学教授などの独立した科学者の数が(図のApplicants: NIH R01にアプライできるAssistant Professor以上相当)が過去10年でほぼ2倍に増えています。しかし、2003年までは科学研究費の伸びが大きく、ポジションの増加に見合っていたため、グラント成功率 (図のSuccess rates)は約30%と横ばいでした。しかし、それ以降(ブッシュ政権では)科学研究費は伸び悩みます。しかし、新しいポジションは同じペースで増加しており、競争は激化し、現在グラント成功率は20%を切っています。もちろん米国の科学者は様々なルートで政府に働きかけ予算増加を画策しています。
しかし、先週号のNatureの記事「Universities and the money fix」でBrian C. Martinson(HealthPartners Research Foundation)はかなり冷静な視点で次の重要な(しかし、ひとが語りたがらない)問題を提起しています。
このまま科学者の数を増やす必要があるのか?
(イノベーションを生み出すために)本当に必要なのは必ずしも科学者の数を増やすことではなく、今すでにいる科学者に十分なリソースを与え、現状維持のためだけの(イノベーションを生み出ださない)研究をやめて、新たな視点と方法で問題に取り組めるような環境ではないのか:what is needed is not necessarily more people, but more time, space and freedom for existing researchers to ask questions in new ways, to be willing and able to take risks, and to innovate rather than simply writing safe, incremental grants.
自分の成功や業績を自らの実力であると信じる事ができない状態。今までの成功はただ単に運がよかっただけだと思い込み、いつまでも自分に自信がもてない。(.....unable to internalize their accomplishments.......remain convinced internally that they do not deserve the success they have achieved and are really frauds. Proofs of success are dismissed as luck, timing,........)
現代はバイオレンスの時代なのでしょうか?ひとはより暴力的になってきているのでしょうか?20世紀(+21世紀)を”恐怖の世紀”と形容した多くの文献やドキュメンタリー、毎日のようにCNNから伝えられるテロリズムや内紛による死亡者数の情報を聞くにつけ、この問い(ひとはより暴力的になってきているのか?)に対する答えはYESであると感じていました。今回のTED Talkでは、ハーバード大学の心理学教授で認知科学者でもあるスティーブン・ピンカー(Steven Pinker)氏がこの問いに挑みました。ピンカー氏は”A brief history of violence”と題したトークで、人類の歴史を千年、百年、十年というスケールでみたときに、ひとはより暴力的になってきているのかという問に”客観的”なアプローチで取り組んだ意欲的な内容です。
さらにもう一歩進んで、ピンカー氏の結論が正しいとすれば、どうして人間は非暴力的(平和的)になってきているのでしょうか。彼は一つの可能性としてインターネットなどのテクノジーの進歩の影響をあげています。かっては他者から何かを奪うことにより、自分が利益を得るという”Zero Sum 社会”でしたが、現在はウィキノミクス(Wikinomics)で指摘されているようなマス・コラボレーションが可能になり、他者と争うよりも協調することで両者とも利益を得ることができるWIn-WInの”Non-Zero Sum 社会”に移行しているためであると考えられます。テクノロジーは世界を平和にするということでしょうか。
Theo Jansenはオランダの芸術家であり、Strandbeest (Sand Beast, 砂丘動物)と呼ぶプラスティックチューブの骨格でできた風を受けて”自立的に砂浜を歩く”キネティック・アートを16年以上造り続けています。有機体である昆虫のようにもまた無機質なロボットのようにも見えるStrandbeestは、非常に強烈な印象を見る物に与えます。そして、JansenがBMWのCMで語った芸術と工学の融合を示唆する次のセリフが印象的です。
アートとエンジニアリングを隔てているのは人の心の中にある壁だけだ (The walls between art and engineering exist only in our minds)
TEDのスポンサーはBMWなので、彼のトークを心待ちにしていたのですが、昨日のついに待望のトークがアップロードされたので、早速紹介します。このトークでTheo Jansenは、Strandbeestが形態・機能とも進化を遂げて、より自立性を高めてきた16年の過程を貴重な映像とともに語っています。彼のメッセージ ”The walls between art and engineering exist only in our minds” が少しわかる10分間です。
中国の文部科学省(the Ministry of Science and Technology, MOST)は研究者が「成果」でなく「失敗」を報告しても(*)将来的に研究費を得るチャンスが損なわれないようにする法律案を提出する。 .....A law proposed by the Ministry of Science and Technology (MOST) would allow Chinese scientists to report failures in their research without jeopardizing their chances of future funding..... ―Nature (6, September 2007)―
中国の科学研究費は世界で6番目に大きく、研究者数は米国に次いで世界2位であり、この数字だけみれば”科学大国”ですが、OECDによれば、中国が国家レベルでの成熟したイノベーション・システム (matured, national innovation system) を作り上げるには多くの障壁があるとしています。その障壁のひとつが研究者がリスクを取りたがらないことであるとしています。
本来、失敗から学ぶべきことは多く、よく吟味された仮説が合理的な手続き(実験)の結果、棄却 (negative results) されれば、それは科学的な進歩と見なされるはずです。ただ、negative resultsはサイエンス・コニュミティーでは評価されがたいので、そのような貴重なデータを他人と共有することは難しいのが通常です。しかし最近の動きとしてはJournal of Negative Results in Biomedicine (JNRBM) のように貴重なnegative resultsの共有を促す仕組み(ジャーナル)も出現してきています。
JNRBMは、いかにアプローチが不適切であったかを例証する研究成果(とくに臨床治験 [clinical trials])の投稿をお待ちしています。(JNRBM invites scientists and physicians to submit work that illustrates how commonly used methods and techniques are unsuitable for studying a particular phenomenon. ...strongly promotes and invites the publication of clinical trials...)
動画によるビジュアルな情報で実験のプロセスを伝えることにより 1) 実験方法が不透明であったり、実験結果が (他の研究室では) 再現できない 2) 実験手技の習得に (不当に) 時間がかかる という実験科学が抱える2つの大きな問題の解決に貢献する Visualization.... contributing to the solution of two of the most challenging problems...: (1) low transparency and reproducibility of biological experiments; (2) time-consuming learning of experimental techniques.
(例)Carlson JR and Shiraiwa T. "Proboscis extension response (PER) assay in Drosophila" (04/29/2007) Journal of Visualized Experiments, 3, http://www.jove.com/Details.htm?ID=193&VID=155
■ SciVee もう一つがつい最近スタートしたSciVeeです。SciVeeはPLoS (Public Library of Science), NSF (National Science Foundation), SDSC (San Diego Supercomputer Center) らと協賛していますが、中心の仕掛けはPubcastと呼ばれる「過去にPLoSなどのオープンアクセス・ジャーナルに発表・出版された研究を著者(科学者)が自ら出演して画像でプレゼンテーションする」ことにあるようです。SciVeeはミッション・ステートメントにあるように
科学者によるマルチメディアを使ったサイエンス・コミュニケーションのためのサイト(SciVee is about the free and widespread dissemination and comprehension of science. SciVee allows scientists to communicate their work as a multimedia presentation incorporated with the content of their published article.)