ボストンで13年働いた研究者が、アカデミック・キャリアパスで切磋琢磨する方法を発信することをめざします。
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Brain Trick
ひとが英単語のどの部分をパターンとして認識しているのかがよくわかります。

また最後のエピソードはちょっと驚きます。だまされたと思って2分50秒費やしてみてください。

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テーマ:研究者の生活 - ジャンル:学問・文化・芸術

ひとまえで話すことの恐怖(fear of public speaking)は統計上常に死の恐怖(fear of death)を上回っているそうです。fear of public speakingの為に非常に良い昇進の話を断る人もかなりいると聞きます。

我々の研究所ではNational Academyメンバーを含めた著名な研究者からなる外部委員会(Scientific Advisory Board Members)からのサイエンスのproductivityの評価を毎年受けています。今年はちょうどこの週末にオフシーズンのリゾートホテルに研究所全員(17のラボ)で出かけ、そこにボードメンバーを招き3日かけてじっくり評価を受けてきたところです。PIのトークとポスドクのポスター発表が中心で、基本的にはフレンドリーな雰囲気ですが、サイエンスの点ではボードメンバーは全く妥協がなく、彼らに向けてプレゼンテーションするときには緊張のあまりfear of public speakingで胃が痛くなり、(いつものことながら)逃げ出したい気持ちになりました。

それではfear of public speakingを緩和する特効薬や技術はあるのでしょうか。何冊か本を読んだり、セミナーに参加したりしましたが、最も参考になったのはマリナーズのイチローの言葉です。イチローは「大記録を目前にバッターボックスに入るときにいかにして上手にプレッシャーをマネッジするのか」という質問に対して、「そんな方法はない」ときっぱり答えました。正攻法で真っ正面から取り組み、終わるまでプレッシャーから解放されることはないのだと。これは「プレッシャーを楽しむ」いうようなきれいごとではないでしょう。とにかくプレッシャーに押しつぶされながらもやリ抜く以外に、本質的にプレッシャーから解放される方法はないのでしょう。

したがって、おそらくfear of public speakingのプレッシャーを上手く緩和する方法も当然ないのでしょう。とにかく、真正面から取り組んで、終わらせるしかないのでしょう。周到なプレゼンテーションの準備は必要ですし、私はとくに英語での発表は過剰な程周到に準備する方ですが、いくら準備してもfear of public speakingがなくなったことは一度もありません。

実は今回素晴らしいプレゼンテーションをした巨大なラボを率いるハーバードの大教授で、また世界の学会で何百回も講演をしている研究者の秘書が教えてくれたのですが、そんな百戦錬磨に見える大先生でもいつも発表の前はナーバスで機嫌が悪いそうです。

毎回トークの前に緊張することで、サイエンスに対して謙虚になれるのでしょう。

明石家さんま曰く「緊張する芸人の方が出世する」



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The Laws of Simplicity (Simplicity: Design, Technology, Business, Life)の著者で、MITメディア・ラボの教授でもあるJohn Maeda氏の”Simplicityに到達するための10の法則”を、彼のTEDでのトークをきっかけに知りました(下にトークのYoutubeあり)。

"Simple"にはよい意味と悪い意味があって、「無駄がなく、本質に迫る」というつもりで使ったのですが、「簡単で底が浅い」という意味に取り違えられトラブルになった経験がありますが、今は"Simple"をよい響きでとらえる一般の人が圧倒的に多いのではないでしょうか。実際、Simple lifeのようなキャッチコピーはマーケットにあふれています。(John MaedaはSimplicity-driven marketing strategyに一役かっています。)

テクノロジーの発展・情報量の肥大化・消費生活の多様化などで、ひとは表面的には”過飽和”していてもそれらを十分に咀嚼することができず、内面的には”空虚感”があり、自分で十分に咀嚼できるものでその空虚な部分を満たしたいという欲求があるのではないでしょうか。したがって、"Simple"という言葉は無駄なものを取り払い表面的な過飽和を緩和し、内面を本質的な最低限のもので満たすという感覚につながるからこそ”Simplicity”がこれほど注目を集めるのでしょう。

John MaedaのSimplicityとは:

Simplicity is about having life with more enjoyment and less pain.



であり、”Simplicityに到達するための10の法則”とは:

1. REDUCE ーThe simplest way to achieve simplicity is through thoughtful reduction
2. ORGANIZE ー Organization makes a system of many appear fewer.
3. TIME ー Savings in time feel like simplicity
4. LEARN ー Knowledge makes everything simpler.
5. DIFFERENCES ー Simplicity and complexity need each other.
6. CONTEXT ー What lies in the periphery of simplicity is definitely not peripheral.
7. EMOTION ー More emotions are better than less.
8. TRUST ー In simplicity we trust.
9. FAILURE ー Some things can never be made simple.
10. THE ONE ー Simplicity is about subtracting the obvious, and adding the meaningful.

”Simplicityに到達するための10の法則”の1~4までは基本的には時間管理術と共通するものであり、エントロピーに逆らってSimplicityを達成するためにはメンタル/フィジカル両面のエネルギーをかける必要があると理解できます。

5番の「DIFFERENCES ー Simplicity and complexity need each other」ではSimplicityとComplexityは常に共存し、Simplicity達成のためにComplexityをなくしてしまうことはできない。必要なのは”状態としてのSimplicity”ではなく"Feeling of Simplicity (in the presence of complexiety somewhere)"であり、本当にComplexityを本当に消し去ろう(文明や高等生物の否定)と考えるべきではないということでしょう。

6番の「CONTEXT ー What lies in the periphery of simplicity is definitely not peripheral」に関連してはMITメディアラボの所長NegroponteがJohn Maedaに言った言葉”become a light bulb instead of a laser beam(レーザービームより電球になれ)”に込められているように、自分の軸は定めつつも、焦点外の無数の事象にこそ本質が宿ることを忘れてはならないということでしょう。

7番のEMOTIONーMore emotions are better than lessとは、一見Simplicityの概念と対立するようにみえますが、"Feeling of Simplicity"のコアにあるものは"Sense of Meaning"であり、多くのemotionが"Sense of Meaning"として結晶化するとき"Feeling of Simplicity"を感じると考えられます。

8番のTRUST ー In simplicity we trustとは寿司を食べるときに、店は自分で選ぶが、何を食べるかはその店の大将に”おまかせ”するというスタイル...

9番のFAILURE ー Some things can never be made simple:例外のない法則なし...

以上をまとめると10番のTHE ONE ー Simplicity is about subtracting the obvious, and adding the meaningfulということになります。

おそらく、これらは西洋人が一般に理解する禅の思想に近いのではないでしょうか。

また、かなり飛躍しますが、『Simplicity is about subtracting the obvious, and adding the meaningful」とはサイエンスでのストーリーテリングに相通ずるものがあります。(参考:”サイエンス・コミュニケーションとは国家の将来をかけた戦いであり、その肝はTechnical detailsを抑え、ストーリーを語ることである” [サイエンス・コミュニケーションとは戦いである:サイエンス誌2007年4月号])。また柳田充弘氏が「論文のお話し性」で指摘されているようにストーリーテリングは一流科学雑誌に論文を投稿する際の重要なストラテジーですので、The Laws of Simplicityから学ぶべきことは多いにあると思います。

時間のある方は『Talks John Maeda: Simplicity patterns」をご覧ください。









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米国の医学研究(Biomedical Research)は、ご存じのように政府(NIH, National Institutes of Health)からの科学研究費(グラント)に大きく依存しています。米国では主として大学教授などの独立した科学者の数が(図のApplicants: NIH R01にアプライできるAssistant Professor以上相当)が過去10年でほぼ2倍に増えています。しかし、2003年までは科学研究費の伸びが大きく、ポジションの増加に見合っていたため、グラント成功率 (図のSuccess rates)は約30%と横ばいでした。しかし、それ以降(ブッシュ政権では)科学研究費は伸び悩みます。しかし、新しいポジションは同じペースで増加しており、競争は激化し、現在グラント成功率は20%を切っています。もちろん米国の科学者は様々なルートで政府に働きかけ予算増加を画策しています。
Nature NIH funding


しかし、先週号のNatureの記事「Universities and the money fix」でBrian C. Martinson(HealthPartners Research Foundation)はかなり冷静な視点で次の重要な(しかし、ひとが語りたがらない)問題を提起しています。

このまま科学者の数を増やす必要があるのか?


(イノベーションを生み出すために)本当に必要なのは必ずしも科学者の数を増やすことではなく、今すでにいる科学者に十分なリソースを与え、現状維持のためだけの(イノベーションを生み出ださない)研究をやめて、新たな視点と方法で問題に取り組めるような環境ではないのか:what is needed is not necessarily more people, but more time, space and freedom for existing researchers to ask questions in new ways, to be willing and able to take risks, and to innovate rather than simply writing safe, incremental grants.


成果主義も度が過ぎると、かえって保守的になり、ハイリスクな研究にチャレンジすることを抑制してしまうでしょう。したがって、競争の激化を調節する方法の主要なファクターは研究費の増加または申請者(科学者)数の制限でしょう。その意味で上記の「”新しい人”の流入を抑え、”古い人”に新しい考え方をさせて科学全体の水準を保つ」という考えも一理あります。

しかし「”古い人”が新しい考え方する」ことは簡単ではなく、やはり新しい血(知)を”新しい人”から注入することをやめれば、科学の衰退は必至でしょう。

米国での状況は厳しいですが、同号のNatureの記事「A pipeline for Europe」でTony Hyman & Kai Simonsは欧州での研究者のキャリア・パスが全く確立されておらず不透明であることの問題を指摘し、米国での厳しい研究費獲得競争にもふれて

米国では(お金はなくとも)ルールがあるだけましではないか。(US scientists may have a hard time finding money, but at least the ground rules are clear. )


と語っています....







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Impostor Syndrome(インポスターシンドローム)

自分の成功や業績を自らの実力であると信じる事ができない状態。今までの成功はただ単に運がよかっただけだと思い込み、いつまでも自分に自信がもてない。(.....unable to internalize their accomplishments.......remain convinced internally that they do not deserve the success they have achieved and are really frauds. Proofs of success are dismissed as luck, timing,........)


Babson Collegeでアカデミアのスタッフ/ファカルティーを対象としたコーチング(コーチ養成)のコースを受講したときに出会った言葉です。確かに、30代のときにこのような気持ちを経験したことがあります。コーチングのコースはワークショップ形式でしたので、いかにImpostor Syndromeに対処するかに関しての答えは与えられませでしたが、私なりの考えは:
1)失敗をのりこえた経験をもつ
成功体験はもちろん重要ですが、失敗をのりこえて得た成功はより自分のものとして実感できるのではないでしょうか。身近な例をあげれば、簡単にアクセプトされた論文やグラントよりも、何回かのリビジョンの末アクセプトされた仕事のほうがより強い達成感と、その過程での自分の成長が感じられると思います。
2)成功の喜びを仲間と共有する
研究の世界では(おそらく一部の理論科学をのぞいて)すべての仕事は共同研究/チームプレーでなされます。自分一人の力だけで成功する事はできません。(きれいごとでなく)チームで喜びを共有することが、長期的にはより多くの実感できる業績の達成につながると信じています。

参考:10 Steps to Overcome the Impostor Syndrome by Dr. Valerie Young
<http://www.impostorsyndrome.com/overcome.htm>

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現代はバイオレンスの時代なのでしょうか?ひとはより暴力的になってきているのでしょうか?20世紀(+21世紀)を”恐怖の世紀”と形容した多くの文献やドキュメンタリー、毎日のようにCNNから伝えられるテロリズムや内紛による死亡者数の情報を聞くにつけ、この問い(ひとはより暴力的になってきているのか?)に対する答えはYESであると感じていました。今回のTED Talkでは、ハーバード大学の心理学教授で認知科学者でもあるスティーブン・ピンカー(Steven Pinker)氏がこの問いに挑みました。ピンカー氏は”A brief history of violence”と題したトークで、人類の歴史を千年、百年、十年というスケールでみたときに、ひとはより暴力的になってきているのかという問に”客観的”なアプローチで取り組んだ意欲的な内容です。

ピンカー氏のアプローチは非常に単純でストレートです。彼は様々な歴史的資料を紐解き、各時代の暴力の被害者数を数え、現代のアメリカの数字と比較しました。そして、多くの人の認識に反して、ピンカー氏のデータは暴力による被害者(死者)の頻度は千年、百年、十年のすべてのスケールで著しく減少してること示しています。(ピンカー氏の比較は頻度に基づいています。したがって、100人の10%である10人が殺された時代と、100万人の0.1%である1000人が殺される時代のどちらが暴力的かは議論の余地がありますが....)

この数字をサポートするものとして、例えば中世にはCat burningと呼ばれるような残酷な娯楽が現在は消滅してしまったということや、中世では現在は考えられないような非暴力的な罪に対して死刑が広く適応されていたことをピンカー氏は指摘しています。

人間は非暴力的(平和的)になってきているということです。

ピンカー氏の結論が正しいとすれば、どうして多くの人の認識はそれとは逆なのでしょうか。その一つの可能性として、(共同通信などの)メディアの取材力とインターネットよる情報伝達力が、バイオレンスを過剰に受け手側に伝えるため、人の認識にバイアスが係っていることを指摘しています。

さらにもう一歩進んで、ピンカー氏の結論が正しいとすれば、どうして人間は非暴力的(平和的)になってきているのでしょうか。彼は一つの可能性としてインターネットなどのテクノジーの進歩の影響をあげています。かっては他者から何かを奪うことにより、自分が利益を得るという”Zero Sum 社会”でしたが、現在はウィキノミクス(Wikinomics)で指摘されているようなマス・コラボレーションが可能になり、他者と争うよりも協調することで両者とも利益を得ることができるWIn-WInの”Non-Zero Sum 社会”に移行しているためであると考えられます。テクノロジーは世界を平和にするということでしょうか。

どうぞ週末にピンカー氏のトークを。かれのトークは非常にProvocativeであり、われわれに新しい論点を提起してくれます。(ただし、後半で原爆投下を不適切にパロディーとして使用した一節があります。米国の原爆に対する認識の違いを感じさせます)






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山田ズーニーさんの本はたいてい読んでいますし、「大人の進路教室」もポドキャストで欠かさず聞いています。山田ズーニーさんはベネッセを辞めてフリーランスになったエピソードやその間の心境を著書で語っておられる様子から「10数年努めた企業をやめてフリーランスで現在やっていること」が現在のアイデンティティーとセールスポイントになっているように感じます。「5号館のつぶやき」さんが「独りで生き抜くために必要なこと」でおっしゃるように「(アカデミアの)研究者という職業はフリーランスに限りなく近いもの」(特に米国では)と感じていますので、自分も「10数年努めた病院をやめてフリーランスで現在やっていること」をアイデンティティーとセールスポイントに思っているところがあり、山田ズーニーさんに共感できる部分が多くあります。

それでは(大学の研究者をフリーランスと呼んでよいかについてはここでは賛否あると思いますが、ここでは議論しないことにして)フリーランス研究者にとって最も大事な心得とは何なのでしょうか。エントリー「ダニエル・ピンクが語るフリーエージェント:雇われない生き方」のなかでヘレン・ケラーの言葉を引用したように、”失敗”を不要に恐れずに「リスクを取る勇気」はもちろん重要でしょう。これは「5号館のつぶやき」さんがとりあげている「大人の進路教室」でも同様のことが強調されています。

一般にフリーランスの魅力は「様々なコネクションやしがらみから解き放たれ自由に(自己責任で)自分の進路を決定できること」と思いがちですが、実はフリーランスほど「様々なコネクションやしがらみのなかに積極的に自分を置かなければならない」ということを最近とくに感じています。当然のことですが一人で研究することはできません。研究という複雑な活動はほとんどが共同作業であり、評価はそのコミュニティー中での相互評価によってのみ意味を持ちます。そして、”実験”という性格上研究(実験科学)という活動は”失敗”を避けて通るわけにはいきません。失敗からはい上がるすべなしには”実験科学”をすることは実際にはできないのです。

したがって、フリーランスに必要なものは単純に「リスクを取る勇気」ではなく、(失敗したときに這い上がれるように)リスクをヘッジするために周到に根回したり、コネクションを利用することを臆することなくする「勇気」であると現在は思っています。

独立した研究者として”independent”でありたいと願えば願うほど、”inter-dependent”であることの重要性を感じずにはいられません。

そして、”independent”と”inter-dependent”とは同時に成立するのです。


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Theo Jansenはオランダの芸術家であり、Strandbeest (Sand Beast, 砂丘動物)と呼ぶプラスティックチューブの骨格でできた風を受けて”自立的に砂浜を歩く”キネティック・アートを16年以上造り続けています。有機体である昆虫のようにもまた無機質なロボットのようにも見えるStrandbeestは、非常に強烈な印象を見る物に与えます。そして、JansenがBMWのCMで語った芸術と工学の融合を示唆する次のセリフが印象的です。

アートとエンジニアリングを隔てているのは人の心の中にある壁だけだ
(The walls between art and engineering exist only in our minds)




TEDのスポンサーはBMWなので、彼のトークを心待ちにしていたのですが、昨日のついに待望のトークがアップロードされたので、早速紹介します。このトークでTheo Jansenは、Strandbeestが形態・機能とも進化を遂げて、より自立性を高めてきた16年の過程を貴重な映像とともに語っています。彼のメッセージ ”The walls between art and engineering exist only in our minds” が少しわかる10分間です。




PS#1: Theo Jansenについて日本語で詳しく;和蘭生活事始「砂浜動物 テオ・ヤンセン / 風で歩く“生命体”を創る

PS#2: Theo JansenのStrandbeestがボストンから車で3時間あまりのMassachusets Museum of Contemporary Artで展示されていることを知りました。ぜひ行ってみたいと思います。


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中国の文部科学省(the Ministry of Science and Technology, MOST)は研究者が「成果」でなく「失敗」を報告しても(*)将来的に研究費を得るチャンスが損なわれないようにする法律案を提出する。
.....A law proposed by the Ministry of Science and Technology (MOST) would allow Chinese scientists to report failures in their research without jeopardizing their chances of future funding.....             ―Nature (6, September 2007)


中国の科学研究費は世界で6番目に大きく、研究者数は米国に次いで世界2位であり、この数字だけみれば”科学大国”ですが、OECDによれば、中国が国家レベルでの成熟したイノベーション・システム (matured, national innovation system) を作り上げるには多くの障壁があるとしています。その障壁のひとつが研究者がリスクを取りたがらないことであるとしています。

この背景には短期間で確実に研究成果を出すことが研究費獲得、昇進など職業人としての生存に不可欠なファクターとして大きなプレッシャーとなっている現実があります。そして、この強力な成果主義が研究上の不正行為の温床になっていると指摘されています。この過度の成果主義の悪影響を緩和するための目玉として提案されているのがこの「失敗をよしとする」法案です。「失敗に学ぶ&リスクテイカーを育てる」というスローガンは悪くはないと思いますが、この法案が真にイノベーションを推し進める原動力となるかは少し疑問です。

本来、失敗から学ぶべきことは多く、よく吟味された仮説が合理的な手続き(実験)の結果、棄却 (negative results) されれば、それは科学的な進歩と見なされるはずです。ただ、negative resultsはサイエンス・コニュミティーでは評価されがたいので、そのような貴重なデータを他人と共有することは難しいのが通常です。しかし最近の動きとしてはJournal of Negative Results in Biomedicine (JNRBM) のように貴重なnegative resultsの共有を促す仕組み(ジャーナル)も出現してきています。

JNRBMは、いかにアプローチが不適切であったかを例証する研究成果(とくに臨床治験 [clinical trials])の投稿をお待ちしています。(JNRBM invites scientists and physicians to submit work that illustrates how commonly used methods and techniques are unsuitable for studying a particular phenomenon. ...strongly promotes and invites the publication of clinical trials...)



確かに合理的な手続きの結果えられた「失敗=Negative Results」は、実は失敗ではなく、コニュミティーで共有すべき貴重な「成果」なのであり、「ちゃんとした失敗をする能力」を育成することは成功する研究者を育てる重要な因子なのです。ともすれば忘れがちですが「(適切な)失敗は成功の元」は真であると思います。

しかし、Negative Resultsを研究費配分や昇進のための評価材料とする時に問題となるのは:
1)「ちゃんとした失敗」と「ちゃんとしていない失敗」を適切に評価し助言できる評価する側の力量と、
2)「ハイインパクトのちゃんとした失敗」を「ローインパクトの成功」よりも高く評価でする評価する側の勇気
ではないでしょうか。この法案がポジティブなインパクトをもたらすか否かは、やはり公平でオープンで(プラス優秀な新人[必ずしも年齢の若いひととは限らない(**)]を発掘できる)評価制度の有無にかかっているのだと思います。


PS: (*)「成果でなく失敗を報告してもよい」ではなく「ネガティブ・データを成果として報告してもよい」のほうが適切かもしれません。
(**) 年齢やキャリアにかかわらず、全く新しいことに挑戦するひと


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パーキンソンの法則(Parkinson's law)

人(私)は能力的には期限より早く終えることのできる仕事でも、与えられた期限目一杯まで使ってしまいがちである。(Work expands to fill the time available


時間管理術には大変苦労しています。おそらく私でだけでなく多くの人が時間管理法で苦労されているので、書店に多くの時間管理術を取り上げたビジネス書が並んでいるのでしょう。「締め切りのない原稿は永遠に終えることがない」という言葉を本で読んだことがありますが、「締め切りを定める」だけでなく(当然ですが)「適切に締め切りを定める」ことの大切さを痛感しています。3日間でできる仕事でも、ついつい余裕をもって5日間に設定してしまうと、3日間で仕事を終えて2日間を別の有意義な活動に使うかわりに、必要以上にペースを落として(または必要以上に完璧を期して何度も確認して)5日間すべて使ってしまいがちです。これをパーキンソンの法則というのだとHarvard Extension SchoolのTime Management のクラスで学びました。

PS: ウィキペディアによると

パーキンソンの法則(Parkinson's law)とは、「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」(第一法則)、「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」(第二法則)というもの

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Scientific Publicationにおいては、動画による情報は今までは補助的な側面が大きく、科学論文がオンラインで発表されても、動画によるデータはSupplementalやSupporting Materialsとしてリンクとして表示され、特別に興味ある読者だけがダウンロードして観るような形式になっていました。最近になってWeb 2.0やYouTubeの影響もあってか、動画を主体にしたオープンアクセスScientific Publicationが現れ始めました。

Journal of Visualized Experiments
動画を主体にしたScientific Publicationの一つ目がjove (Journal of Visualized Experiments) です。joveのミッション・ステートメントのなかでも注目すべきことは:

動画によるビジュアルな情報で実験のプロセスを伝えることにより
1) 実験方法が不透明であったり、実験結果が (他の研究室では) 再現できない
2) 実験手技の習得に (不当に) 時間がかかる
という実験科学が抱える2つの大きな問題の解決に貢献する

Visualization.... contributing to the solution of two of the most challenging problems...:
(1) low transparency and reproducibility of biological experiments;
(2) time-consuming learning of experimental techniques.


とあります。したがってjoveは動画版実験プロトコールのアーカイブ的役割を果たしており、マウスの小腸移植手術手技臍帯からの血管内皮細胞(HUVEC)分離方法神経細胞のマイクロデバイスでの培養法蚊へのdsRNA溶液注射法など、文章を読んだり、写真やイラストを見ているだけでは完全に理解できない情報が、動画により提供されています。

joveは誰でも動画を投稿できますが、投稿動画はハーバードなどの科学者よりなるエディトリアルボードメンバーによりエディトリアル・レビュー(ピアー・レビューではない)されるようです(以下のように[適切であれば]従来の紙の論文中で引用することもできます)。

(例)Carlson JR and Shiraiwa T. "Proboscis extension response (PER) assay in Drosophila" (04/29/2007) Journal of Visualized Experiments, 3, http://www.jove.com/Details.htm?ID=193&VID=155


joveはコンテンツの質も高く動画版プロトコール集としての価値は非常に高いと思います。

各投稿作品にはYouTubeのようにコメント欄があり、双方向性のコミュニケーションができる仕組みはありますが、この部分は今はまだ余り活用されていないようです。

SciVee
もう一つがつい最近スタートしたSciVeeです。SciVeeはPLoS (Public Library of Science), NSF (National Science Foundation), SDSC (San Diego Supercomputer Center) らと協賛していますが、中心の仕掛けはPubcastと呼ばれる「過去にPLoSなどのオープンアクセス・ジャーナルに発表・出版された研究を著者(科学者)が自ら出演して画像でプレゼンテーションする」ことにあるようです。SciVeeはミッション・ステートメントにあるように

科学者によるマルチメディアを使ったサイエンス・コミュニケーションのためのサイト(SciVee is about the free and widespread dissemination and comprehension of science. SciVee allows scientists to communicate their work as a multimedia presentation incorporated with the content of their published article.)


を目指しているようです。Pubcastはオープンアクセス・ジャーナルの論文と内容的・物理的にリンクすることが売りですが、コンテンツは今のところまだまだであり、今後の発展が望まれます。

SciVeeは科学者(マルチメディアの素人)がつくったPubcast以外にも、NPOや商業メディアがプロフェッショナルに作成した動画も掲載しています(例:SDSCによる地震のシュミレーション研究の紹介カナダメディアによるサイエンティストを主人公にしたテレビドラマReGenesisの紹介)。

問題はプロの作成した動画との比較では、一般の科学者の作成した動画 (SciVee Pubcast) はあまりにもプリミティブ (and/or 専門的すぎて)であり、一般市民に向けたサイエンス・コミュニケーションとしては現時点では機能しないと思われます。マルティメディアによるサイエンス・コミュニケーションこそメディカル・イラストレーターのようなプロフェッショナルとの共同作業が必要でしょう。




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プロフィール

Motomu Shimaoka

Author:Motomu Shimaoka
島岡 要:三重大学医学部・分子病態学講座教授 10年余り麻酔科医として大学病院などに勤務後, ボストンへ研究留学し、ハーバード大学医学部・准教授としてラボ運営に奮闘する. 2011年に帰国、大阪府立成人病センター麻酔科・副部長をつとめ、臨床麻酔のできる基礎医学研究者を自称する. 専門は免疫学・細胞接着. また研究者のキャリアやスキルに関する著書に「プロフェッショナル根性・研究者の仕事術」「ハーバードでも通用した研究者の英語術」(羊土社)がある. (Photo: Liza Green@Harvard Focus)

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