「理系の大学院生は従来のアカデミア以外の職業の選択の可能性を知り、[純粋な] 研究能力だけでなく幅広いスキルを身に付けることでキャリアの選択肢の幅が広がる。」基本的にはこれは良いことであると信じられていると思うし、私も理系のためのノン・アカデミックキャリアの紹介をしてきた。
しかし、ここで
バランスをとるためにアンチテーゼを:
理系のキャリアの選択肢が狭いことは本当に悪いことか?
1)研究者はプロフェッショナルである。プロフェッショナルは(例えば野球選手にみられるように)キャリアの早い時期に広い選択肢を(結果的に)捨て、退路を断ち、背水の陣でその道に集中することで成功が可能になる(そのうち一部が成功するにすぎないが、野球も、将棋も、受験勉強もしていればその一部になれる可能性はさらに低くなる)。
2)選択肢が多いことは必ずしも幸せな選択につながらない。選択肢の吟味にかけられる時間と労力は限られている。Barry Schwartzの「
The Paradox Of Choice: Why More Is Less」が言うように、選択肢が多くなると人は幸せを感じるよりもむしろ圧倒されて選択することに麻痺し、その後何年も選択しなかった可能性について後悔するものである(あっちのほうが実はよかったのではないか)。
「一芸に秀でたるはすべてに通ずる」であり、特殊(=選択肢ゼロ)をきわめることを通して、普遍(=無限の選択肢)を見た方が良い場合が、理系には多いのではないか。
3)これは想像であるが、非典型的なキャリアで成功したひと(例えば医学部を卒業して、紆余曲折の後証券会社のシニアマネージメントになったひとがいるとすれば)は、多くの選択肢があったからそうなったのではないと思う。
おそらく当時は本人にとってはその選択肢しかなかったから非典型的なキャリアを選ばざるおえなかったのではないか。そして唯一の選択肢を背水の陣でがんばったから次の選択肢が現れたのではないか。しかし、ふりかえって考えるといろいろな
ドットが結ばれて別の意味や大きな意味が見えてくる。
大学時代に麻雀をやったが、あまり強い方ではなかった。わたしの麻雀の基本戦略は上がり手の可能性を広げることであった。「三」「四」と続きで持っていて「二」か「五」を待つ方が、「三」「五」を持っていて「四」のみを待つより上がる確率は高いが、上がれるとは限らない。引きの強いひとは「四」を引いてくる。
「専門バカ」は「悪い」のか。おそらく今はそうであろう。なぜなら「専門バカ」が多くて希少価値が低いので。しかし、みんなが幅広く浅い知識とスキルを身に付けた角のとれた人材になっていけば、突出した「専門バカ」の希少価値は上がり、マイクロマーケット(=
自分の世界)では「非常に良い」になるであろう。
屁理屈をこねて、あげ足取りのようになったが、
理系大学院教育がプロフェッショナル教育でもある(or あるべきである)という視点を強調したかった。
理系のキャリアの選択肢が狭いことは本当にすべてのひとに悪いことなのだろうか?
関連ブログ20代バイオベンチャー社長の会社経営奮闘記: ブログでバイオ リレーエッセイ 第23回「理系の院生のキャリアの選択肢は狭いのか?」
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http://blog.livedoor.jp/marucom_com/archives/51044335.html>
5号館のつぶやき:【ブログでバイオ】 maruさん第23回へのコメント
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http://shinka3.exblog.jp/6345335>
関連エントリー理系研究者の新しいキャリアとしてのコンサルティングファーム:実験医学2007年2月号
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http://harvardmedblog.blog90.fc2.com/blog-entry-9.html>
自分の世界でトップになるためにすべきこと:Dip
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http://harvardmedblog.blog90.fc2.com/blog-entry-96.html>
医者をやめる:キャリア・チェンジとプロフェッショナルのサイコロジー
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http://harvardmedblog.blog90.fc2.com/blog-entry-8.html>
PS: Jun 20, 2007 (EST)
「
WEB2.0(っていうんですか?)ITベンチャーの社長のブログ」さんの提言どおりエントリー名に「25回」を追加。「ブログでバイオ リレーエッセイ」に参加する。
PS: Jun 23, 2007 (EST)
幻影随想の黒影さんが、これまでの「バイオ リレーエッセイ」をアグリゲートしたリンク集を作成してくださいました。
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http://blackshadow.seesaa.net/article/45529118.html>
PS: June 23, 2007 (EST)
私は過去の自分のエントリー「
キャリアパスの選択:いかに選択するか」で”
理系研究者のキャリアパスの選択の幅が広がることはマクロな視点では間違いなく良いことである......今後は理系研究者はキャリアパスの「選択肢がない」から「選択肢はあるが、選択しきれない」という状況に直面する可能性がある.....大切なのはどの道を選ぶかではなく、選んだ道でどう生きるか”であると書いている。